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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)52号・昭49年(ネ)81号 判決

二 ≪証拠≫を総合すると、本件事故当時における道路の状態、事故直後の状況等に関し、次の事実を認めることができる。

1 本件道路(国道四号線)は、仙台方面と盛岡・青森方面とを南北に結ぶ幹線道路であるため、交通量、特に長距離用の大型貨物自動車の通行量は相当多かったが、歩行者は少数であった。

本件道路の事故現場付近は、コンクリート舗装の平坦な道路で、車両通行帯最外側線として白線が明確に標示されるとともに、中央線として白色の点線が引かれ、車道の有効幅員は約七・五メートル(片側車線部分約三・七五メートル)であった。

本件道路は、事故現場の北方約一五〇メートルの地点で、事故現場から向かって右にカーブ(半径約一〇〇メートル)しているが、それから南は事故現場を含み約一キロメートルに及ぶ直線道路となっており、前方の見とおし状況は良好である。なお、事故当時、現場付近には照明設備がなかったため暗く、また、小雨のため路面は光線が反射する程度に湿潤の状態にあった。

2 第一審被告大胡行雄の運転する加害車は、青森方面から仙台方面に向け走行して事故現場に至り、被害車は、仙台方面から青森方面に向かって走行中であった。

加害車は、大型貨物自動車で、車高約二・八メートル、車幅約二・四八メートル、車長約八・六〇メートル、車両総重量一四、六三〇キログラム、積載量八・〇〇〇キログラム、乗車定員二人で、当時約八トンの魚を積んでおり、被害者は、自動二輪車で、車高一・〇六メートル、車幅〇・七一五メートル、車長一・九一五メートル、乗車定員二人である。

3 加害車は、衝突後約六五メートル進行して自己車線内(本件道路東側)左側に停車したが、本件事故直後において、高さ約〇・八メートルのバンパーの右側端から内側へ約〇・四メートルの箇所に握りこぶしくらいの擦過痕があり、右前車輪のタイヤ右外側面にも擦過痕が認められた。

被害車は、本件事故直後被害車の走行車線内(本件道路西側)中央線から約一メートルの地点において、高さ約一・五メートルの炎を上げて燃えたが、しばらくして消し止められた。そして、車体の左側部分は焼け焦げており、フロント・フエンダー及びガソリン・タンク左下半部が内側に圧壊し、左側のフロント・フオークが折れていた。

悟は加害車の走行車線内(本件道路東側)中央線に近い地点に、尚三は加害車の走行車線内外側線付近に転倒し、道路上右両名の転倒地点のあたりに相当大きな血痕が付着していた。

なお、被害車のバック・ミラー及び悟、尚三の身につけていた帽子、長靴、携行書類等は、両名の転倒地点の北方、加害車の走行車線内(本件道路東側)外側線付近に散乱していた。

4 加害車の走行車線内前記血痕の付着していた地点の北方約一五メートル、中央線から約一・五メートル(東側)の地点から、血痕付近に至るまで、中央線にほぼ平行して、道路の表面に、約一五メートルの長さにわたり、被害車のステップ・バー等金属性の物の擦過痕が残っていた。

以上のとおり認められる。≪証拠≫には、路面に金属性の擦過痕を発見しなかった旨供述している部分があるが、前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定したところによれば、本件事故現場に残っていた前記擦過痕は、本件事故の際に生じたものと推認すべきであり、右擦過痕の位置、形状、両車両の損傷、被害者の転倒地点、血痕、遺留品の状況によれば、被害車は、加害車の走行車線内(本件道路東側)において、自車の左側面を加害車の右側端バンパーに接触させ、悟及び尚三はその衝撃によって転倒地点まではね飛ばされ、被害車は右側に横転し、左を上にして右側ステップ・バー等で路面に傷痕を残しつつ路上を移動した後、ガソリン・タンクが破裂して発火炎上したものと推認することができる。

以上のとおりであって、加害車と被害車とが衝突した地点は、加害車の走行車線内(本件道路東側)であったことは明らかである。

三 次に、本件事故直前における両車両の状況について更に検討を加えることとする。

第一審原告らは、加害車は先行するライト・バンを追い越すため、時速約八〇キロメートルの高速度で、突然中央線をはなはだしく越えて対向車線(本件道路西側)のほとんど右端一杯をばく進疾走し、折柄本件道路の左側(西側)部分を進行していた被害車は衝突を避けるため右方向にハンドルを切って中央線付近まで逃げたが、両車は遂に衝突し、加害車はその車体に被害車を吸い上げたまま猛スピードで疾走した旨主張するのに対し、第一審被告らは、加害車は時速五〇キロメートル前後で自車線を走行していたが、被害車が急激にハンドルを切ってプレーキを掛けたため、同車は平衡を失いスリップしながら加害車の直前で中央線を越えて加害車の正面に突っ込んで来たものである旨主張する。

≪証拠≫によれば、第一審被告大胡行雄は、加害車を運転して、本件道路の自車線内を北から南に向け時速五〇キロメートル程度で走行させていた事実が認められ、殊に≪証拠≫によれば、訴外高野隆は、大型貨物自動車を運転して、本件道路上加害車の後方を、約三〇分にわたり、車間距離五〇メートルないし一〇〇メートルで追走していたが、加害車は、本件事故現場北方手前約一五〇メートルのカーブを通過する際も中央線を越えたことなく、その後も対向車線内に侵入して走行したことはなかったこと、本件事故直前道路上に何ら障害物はなかったことが認められる。

この点に関し、≪証拠≫は、加害車は先行するライトバンを追い越そうとして反対車線に出たと思う旨供述し、また、≪証拠≫は、本件道路現場手前のカーブでスピードを出すと右へハンドルを取られ、反対車線に侵入しやすい旨供述しているが、これらは推測ないしは一般的傾向について述べたにすぎず、≪証拠≫に照らして、右認定事実を左右するには足りない。なお、加害車の停車位置が前記二の3のとおりである点に関しても、≪証拠≫により降雨のため同人は衝突直前又はこれと同時に急ブレーキまでは掛けなかった事実が認められ、この点を考慮すると、右停車位置をもってしても前記認定を覆すには足りないものというべきである。しかして、以上に認定したところは、≪証拠≫によっても支持されるところである。

したがって、本件事故の態様が第一審原告ら主張のようなものでなかったことは明らかであり、加害車の速度、走行車線の点に関して第一審被告らの主張するところは、これを肯定せざるを得ない。

四 そこで、以上に認定した諸事実を前提として、本件衝突の態様、原因につき更に検討を進めることとする。

まず、第一審原告らのこの点に関する主張どおりの事実を認めることができないことは、前記三に認定したところによって明らかである。

第一審被告らは、被害車の運転者が前方道路左端(西側)を進行中のリヤカーを直前に至って発見し、急激に右ハンドルを切ってブレーキを掛けたため、被害車が平衡を失いスリップしながら加害車の直前で中央線を越え、加害車の正面に突っ込んで来たと主張し、≪証拠≫は、被害車の前を二、三人がリヤカーか自転車を引くようにして歩いていたが、被害車は、これをよけたときには東側の方に傾斜して転倒寸前であり、その乗員二人が転倒したところへ衝突した旨供述しているが、右供述部分はたやすく信用することができず、本件に現れた他のいかなる証拠によっても、被害車の前方にリヤカー等があった事実及び被害車の転倒後において加害車がこれに衝突した事実を認めることはできない。

しかしながら、≪証拠≫も、被害車が加害車の走行車線に侵入したという記憶があるとしているのみならず、前記二の冒頭に掲げた各証拠によれば、

1 被害車及び加害車の損傷に関し、被害車については、車体左側の圧壊等が大であるのに反し、車体右側には損傷がほとんどなく、ヘッド・ライトの圧壊も、前車輪の後方曲損その他の変形も、ハンドルの曲損もないこと、加害車については、若干の擦過痕を残すのみで、車体前部の変形を伴う損傷はなく、ナンバー・プレートの曲損もバンパーの激しい傷痕も見られなかったこと。

2 尚三、悟の受傷に関し、両名とも脚部左側骨折、左前頭部の骨折があるけれども、頸椎骨折、胸部打撲の跡は存しないこと。

3 本件道路上の散乱物が道路東側に集中し、西側にはほとんど見られなかったこと。

4 本件道路表面に残された擦過痕の位置及び形状が前記二に述べたとおりであること。

が認められ、これらの諸事実から判断すると、尚三及び悟は、その身体の左側に固い物体が衝突したことによって受傷したものであり、被害車は正面から加害車の車体に激突したものではないことが推認される。そこで、本件事故の態様は、被害車が何らかの原因によって(その原因が何であるかは、本件全証拠によっても明らかでない。)右ハンドルのコースをとり、自車の走行車線から中央線を越えて右旋回し、被害車並びにその乗員たる悟及び尚三がその左側面を加害車の前面右側にほぼ直角の態勢で激突させた結果、悟及び尚三はその衝撃によって約一五メートル近くはね飛ばされるとともに、被害車は後方に押し戻されて右側に横転し、右側ステップ・バーで路面に傷痕を残しつつ一五メートル近くも路上を擦過しながら移動させられ、前示のように発火、炎上させられたものと推定することができるのである。

しかして、以上の推定は、≪証拠≫とも符合するところであり、≪証拠≫中前記認定に反する部分は、これを採用しない。

なお、前掲各証拠を総合すれば、本件衝突地点は、加害車の走行車線内(本件道路東側)中央線から〇・五メートルないし一・五メートルの範囲と推定されるところ、その正確な位置いかんによっては、加害車の車幅の関係上その車体中若干の部分が被害車の走行車線内(本件道路西側)に出ていたということもあり得るところではあるが、前記認定に係る衝突の態様から見れば、加害車の車体の正確な位置いかんが本件事故との間に因果関係を有するものとは考えられず、その他加害車の走行につき第一審被告大胡行雄に何らかの過失があったことを認めるに足りる資料は存在しない。

五 以上認定したところによれば、本件事故に関する限り、加害車の運転者たる第一審被告大胡行雄には運行上の過失がなく、本件事故は専ら被害車の運転者が中央線を越えて同車を右転回させ、その左側を加害車に衝突させたことに基づくものといわざるを得ない。

また、≪証拠≫によれば、本件事故当時、加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなかったことが認められる。

(杉田 長久保 加藤)

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